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2012年7月20日金曜日

情報化社会での浮気を考える。

浮気、という観点からこの情報化社会というものを見てみると、これほど”浮気しやすく”、そして”浮気がバレやすい”社会というものは、歴史上なかっただろうな、などと思います。

知らない人と知り合うコストが極端に少なくなり、人と密にコミュニケーションをとるツールもものすごく発達しました。その気になりさえすれば、浮気相手を探す事くらい、大した労力もなく達せられるだろう、と思います。

で、当然の事ながら浮気というものは本命の相手がいるからこそ成り立つ「浮ついた気持ち(及びそれを基軸とする行動)」であるわけなので、浮気が本命にバレたらまずいわけです。そして情報化社会(あるいはメディア社会)において、浮気がバレるバレないというものは当人の努力ではどうしようのない所まで来てしまっているように思います。


これまでは、ある程度気を使っていれば、浮気がバレる可能性というものはある程度無視していい確率であったように思います。きちんとした気遣いが出来る人間にとって、浮気というものは割の良い投資であった、と言い換えてもいい。よっぽど運が悪くなければ、それなりのスリルと高揚感とを手に入れられる、実に大衆的な文化であったように思います。


情報化社会においては、全ての人間が情報を発信出来ます。多くの人間がそこいらでパシャパシャとケータイで写真を撮っている状態で、そのいずれかに自分が浮気相手と一緒にいる所を撮影されてしまう可能性は決して低くないように思います。そして僕らは遠くない未来、特定の人間が写っている画像を検索するツールを手に入れてしまう事でしょう。今でさえ家族の顔を覚えさせておいて、その顔を認識してそこにピントが合うように調節してくれるカメラが存在するわけですから、技術的にはまず可能でしょうし、似たような画像を検索してくれる画像検索サービスもあるわけですから、技術的にはそんなに難しい事でもないでしょうし。


浮気というもののバレる確率がどんどん上がっていくようであれば、いつか浮気は割の合わない投資になってしまいます。となると、僕らはもしかするとそろそろ、浮気という文化を捨てなければならない所まできているのかもしれません。




 もちろんまあ浮気に限らないのですが、どんどん悪い事がしづらい世の中になっているように思います。悪い事、というのはバレない可能性と得られるメリットを天秤にかけて行うものですから、バレる確率が高くなればなるほどに、やる人が少なくなっていきます。そうなるともう、清廉潔白である事こそが一番割が良くなってしまうという、損得で考えて善人である事を選ぶ、なんだか僕らの常識からするとちょっと不思議な社会が出来上がってしまいます。




じゃあ僕らは一人の伴侶と仲睦まじく、やましい事なんて何もなく暮らしていくんだろうか、と言うとなんだかちょっとそれも違う気がしてるんですけども。たぶん、落としどころとしては「シェア」って概念なんだろうなぁ。。。